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No Me Arrepiento De Este Amor.

俺達は何故生きている?痛みに耐えるだけのために?

人の手助けと、自分保守と。

他人を自分の精魂尽くすまでサポートし支援すべきか、自分の健康?安定?のために淡々と生きて冷酷に徹するか、迷う。

どちらにしてもクソみたいだよね。

この世を諦めるのが一番なのかな、と、もう10年考え、当然ながら結論も方針も出ません。

なんだろ、苦しいなぁ。

役割や使命は本当に在るのか

自分が学んできたこと、訓練してきたことを基に最大限。一番良いと考えられる選択肢にそって、人と関わってきた。

でも、「もっと良いやり方があったんじゃないのかな」という後悔に苛まれている。

自分が動くと、関わると、人が不幸になるのではないか、という、半分は妄想かもしれないけど、事実かもしれないという一抹の不安。

俺は生きてて良いのだろうか。死んだ方が世の為人の為自分の為になるのだろうか。


息苦しい。

指針なき現実

専門的な勉強と訓練に取り組み、

スポーツに取り組み、

世に言う健康状態を多少は、少なくとも5年前より、“健康”な状態でいられていふ訳だけれども、

哲学的な虚しさは全く解消されず。

併せて、理由の無い漠然とした不安があって。

哲学的虚無感は置いといても、漠然とした不安や孤独感は、愛着障害なのかな、、、

なんてアセスメントもどきなことしてみたり、


そして気分と能力の高低差に自ら翻弄され、

・・・嫌になる。


可能性の無さ

人や学問の限界。

すべてのストレスや苦しみから解放してくれ。

意味をたどる

意味というのは、全て人工的な産物であって、、

万物に意味はなくて、そこに勝手に人間が意味を生じさせて、、

だから、意味を突き詰めると、必ず意味なんて無いところへ行き着く。

だから、少なくとも社会にとって著しい迷惑や損害をもたらすのでなければ、淡々と、無理の無い範囲で生きてれば良い。

だから、気持ちの良さや快楽や恍惚感で自分を騙し続けられれば、それが一番心理的にはラクであって、世の中の惨さ残酷さと向き合うことなんかなくて、

でも、明らかに惨さ残酷さ醜さは、特に自分が当事者にならないものも踏まえると、それらに溢れていて、そんな世界でわざわざ生きる程生きることが尊いとは到底思えなくて、

だから、自死や生を終わらせることに魅力がある。


全てなんの意味も無い。

なにを成し遂げようと、何に失敗しようと、死のうと。

意味なんて無い。

意味から解放されればいい。

ハイな気分も、抑うつ感や虚無感も、勿論精神医学や脳科学的に説明できるだろうし、哲学や機能分析だけではどうにもならないだろうが、意味から解放されることは目指すべき目標だろう。

意味からの解放こそ、最大の課題である。


そして僕は今、虚しい。この虚しさは、もう10年くらい治療できていないシロモノだ。抗えそうに無く、無力感に苛まれている。

本音を言えば、、
「誰か、助けてくれ」

 

here and now

どんな状況に追い込まれても、如何に不利でも、如何に苦しくとも、

その瞬間から、何ができるか。

つまり、

現実に起きていることを受容して、状況整理し必要な現状の情報を認知して、また様々なことから学び、その上で決断実行行動する。

そのスタンスでいるだけ。

どんな学びも圧倒的な現実には一切何も役立たず終わることも幾度となくあるが、何度転がり打ちひしがれても、生きていくなら、満身創痍闘うしかない。それができないときには、死すだけ。

取り戻せないことや失敗は複数あるしそれを取り戻せない現実という圧倒的な虚しさ自責感を感じだ上で、そっからだ。

一番取り戻したい、救いたいヒト、状況はもはやどうにもならなくても、せめて、何ができるか。

中島義道村上春樹虚淵玄も生きることに意味なんて無いって言ってる、と僕は思ってる。

だから、ここから、せめて何が出来るか。できなければ、死すべし、少なくともオレの場合。。。


これからも、圧倒的な現実に、自らの無能さに、耐えて、鍛錬して、追い込んで、戦い続ける。

白旗は揚げねぇよ。
生き様、よくみとけ。

臨床現場で、面接室で、ピッチで、やってやるよ。
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Hasta La Victoria Siempre.

No Me Arrepiento De Este Amor.
愛は、沢山の色々なところの仲間に、親友に、臨床心理学に、フットボールに。
この愛を後悔しない。

NEVER SAY  NEVER.




決定的な能力の低さ、と障害

こんなブログ、薬を呑んでよくわからない状態で作ってしまいました。健忘とまではいかないけど、眠剤飲むと、自暴自棄で「別にもうどう思われてもいいや」という行動をとりがちです

しかもタチ悪いのは、電話とかオンライン上とか、そこに出してしまうんですよね、深夜で家で自分の傍に誰もいないので

そんな自分が重くて、罪深くて、色んな人々に申し訳なくて、自分で自分にあきあきします。みんなも呆れてるでしょうが

そんな訳で、このブログは、何もかもさらけ出す場にしていこうと思います。表世界に出しにくいこと、ここでは何でも出します。ちなみに今は、眠剤も何も飲んでませんので、落ち着きがあって検討力があって、という状態です。鬱々とはしていますが。殆どの一般的な知り合いさんには、このブログは晒すつもりはありません



論文が酷すぎて、呆れられています。
兎に角書いて、素材を紙の上に置いて、そこから論文に仕立てていこうとしているのですが、あと4日です。タイムリミット目前です。

決定的に様々な能力が無いし、エネルギーがありません。そして、僕の性質上、ある程度シャットアウトしたり抑圧しないと、生活していけません。今に始まったことではないんですが、以前から辛かった

そして、焦ると、文章が意味として入ってこなくなります。場合によっては、声や説明も、全く意味として理解できなくなります。文字が複数並んでいるだけで意味として理解できなくなり、文脈もどんどん入らなくなります。

多分僕が元気な時と、焦ったりエネルギーが落ちている時や鬱々としてる時を比べて、知能検査をとったら大きな差があるんでしょう。


元気な時は、むしろ活動しすぎです。だから、本当は元気じゃない時が、少なく見積もっても2ヶ月に一度は必ずやってくるので(それは何かきっかけとなる出来事がある時もありますし、そうじゃないときもあります。)、それを基準にやっていくべきとも思います。でも、元気な時は動いてないと、つまり、家にいると、一人でまた鬱々としてしまい頭がこんがらがり狂いそうなくらし辛くなるので、色々手を出して活動しなきゃならない、となってしまうのです。

ちなみに、双極性障害の診断は出てないです。何らかの人格障害は、僕には伝えていないだけで医者は診断してるかも、ですが。。、



兎に角、人を巻き込み迷惑をかける自分が苦しいです。消えたいです。自殺されると、周囲の人は確かに大きなダメージを負いますが、どうせ人は死ぬので、いつかは必ず死ぬことで周りの人の心にダメージを負わせます。なら、自殺した方が、それ以上は迷惑をかけないことになるので、良いのではないかと、思います。そして、僕自身が、楽になれる…

そう思って、もう10年以上生活してきました。




はてなブログって、Wordみたいに打った文字数が出るんですね。

こんな駄文なら、あっというまに1100字近く。


論文も、こんなペースで、スラスラと書けたら、誰にも迷惑かけないのに。。。。。



もうこちら側に居ない君へー

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UDA、

久しぶり。



元気?あの世では 笑 

いや、そんなもんないって信じて疑わないんだけどさ。笑


2010年元日、逝ってしまったってこと、つい先日の7月末日曜にお兄さんから、聞いたよ。


それから5ヶ月が経つ。ここらへんで、一通手紙でも書いてみようと思う。何の意味もないことだけど、なんか、やるべきことな気がしたんだ。



・・・衝撃は大きかったけど、どこかでそういう結末はあり得るなって考えてた俺もいてさ。衝撃と悲しみはあるんだけど、なんだかんだ現実生活を、淡々と送れてるよ。


かく言うオレも、その5年前の出来事を境に、自分はもう戦うしかないと腹を括って、ここまで来たんだ。


当時は、高卒後浪人一年を過ごした後の、大学四年。でも引きこもっていたら全く単位が足りず最低でも卒業まで5年かかることが決まった時だったな。


もう追い詰められて終わりそうだったが、そこから仕事を、しかもちょっと専門性のある仕事に厳しい研修抜けて就いて、

大学へも社会恐怖高まってたから死ぬほどキツかったが段階踏んで戻って、バイトと大学と、フットボール・サラの競技選手を続けることで、大学卒業できたんだ。それが、2013年3月。


2010年やそれ以前の自分からじゃ、まるで信じられないよ 笑


そして、大学院で臨床心理学を学ぶことを本格的に決意して、一年の勉強の末院の入試もパスしちまって。

よくここまできたなって。

しかも。その後の修士課程も、今日まで1年9ヶ月通って、もはや卒業間近だ。


このオレが、もう学内実習とはいえカウンセラーデビューしてて、4人も担当のクライエントがいるんだ、累積でね。信じられないたろう?笑



相変わらず、君やTKSMと話していたような哲学的観念的なことは考えながらも、ある程度現実に生きられるようになった。でも、臨床心理士のたまごの学生に囲まれていても、世を色眼鏡かけず見て、死や不平等や不公平や暴力を見つめられる奴が、殆どいなくてさ。だから、それだけ、君やTKSMっていうのは極めて大きな存在の友人だったと思うんだ、今も。


俺がこのくだらん世界に生きていくとして、もし、できることが、社会貢献できることがあるとすれば、やはり心理臨床だと思っている。だから、そのために今は訓練勉強の日々だ。その日々にやりがいも感じている。


でも、ここで学んだ知識や技術は、君のために役立てることはできなかった。遅かった。申し訳ない。


オレは今健康的で体力があって、カウンセリング実習、病院実習、外部勉強会、修士論文のための研究って、臨床心理学だらけの生活だけど、なんだがんだでフットサル選手も続けてるんだ。勿論今もアマチュアだけど、競技レベルでね。


よくここまで、ハードスケジュールこなせるところまで、オレも成長したと思う。歯食いしばってきた甲斐はあったよ。幸せだ。ただ、そうは感じるけど、幸せだと思うことを後ろめたく思うことも・・・あるなぁ。


でもね…どんなにフットボールが楽しくて10年前より上手くなってても、臨床心理学を学んでいても、それを活かした関わりも、オレたちのホーム・平和公園のテニスコートや向河原のNEC前の広場で、深夜ボールを蹴って、駄弁って、バカ笑いして…ってのはやっぱり、もう、二度と、出来ないんだな。


オレは、UDAは2010年元日に救われたんだろうと思ってる。だから、変な話、「これで良かったんだ」とも思わなくもないんだ。でも、二度と叶わないことがあるのは純粋に、あまりに悲しいことで、叶わないことについて何度も考えては、涙が溢れてくるよ。



オレは、これからどうなっていくんだろう。あまりに多くの可能性があるから、まるでわからないや。笑


でも・・・あの世でUDAにまた逢えるのだけは、すげぇ楽しみにしてるよ。ずっと先かも知れないけどね。


またさ、フリスタとかフットサルとか、メシとか呑みとか、行こう。等々力で、オレ達が共に生きた街を誇ろう。夜中まで、語り明かそう。



オレの誇り、オレの生きる上での理念を形成するのに大きく影響を与えてくれた人、UDA。


君は俺の中で、死して尚、生き続けている。