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No Me Arrepiento De Este Amor.

俺達は何故生きている?痛みに耐えるだけのために?

もうこちら側に居ない君へー

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UDA、

久しぶり。



元気?あの世では 笑 

いや、そんなもんないって信じて疑わないんだけどさ。笑


2010年元日、逝ってしまったってこと、つい先日の7月末日曜にお兄さんから、聞いたよ。


それから5ヶ月が経つ。ここらへんで、一通手紙でも書いてみようと思う。何の意味もないことだけど、なんか、やるべきことな気がしたんだ。



・・・衝撃は大きかったけど、どこかでそういう結末はあり得るなって考えてた俺もいてさ。衝撃と悲しみはあるんだけど、なんだかんだ現実生活を、淡々と送れてるよ。


かく言うオレも、その5年前の出来事を境に、自分はもう戦うしかないと腹を括って、ここまで来たんだ。


当時は、高卒後浪人一年を過ごした後の、大学四年。でも引きこもっていたら全く単位が足りず最低でも卒業まで5年かかることが決まった時だったな。


もう追い詰められて終わりそうだったが、そこから仕事を、しかもちょっと専門性のある仕事に厳しい研修抜けて就いて、

大学へも社会恐怖高まってたから死ぬほどキツかったが段階踏んで戻って、バイトと大学と、フットボール・サラの競技選手を続けることで、大学卒業できたんだ。それが、2013年3月。


2010年やそれ以前の自分からじゃ、まるで信じられないよ 笑


そして、大学院で臨床心理学を学ぶことを本格的に決意して、一年の勉強の末院の入試もパスしちまって。

よくここまできたなって。

しかも。その後の修士課程も、今日まで1年9ヶ月通って、もはや卒業間近だ。


このオレが、もう学内実習とはいえカウンセラーデビューしてて、4人も担当のクライエントがいるんだ、累積でね。信じられないたろう?笑



相変わらず、君やTKSMと話していたような哲学的観念的なことは考えながらも、ある程度現実に生きられるようになった。でも、臨床心理士のたまごの学生に囲まれていても、世を色眼鏡かけず見て、死や不平等や不公平や暴力を見つめられる奴が、殆どいなくてさ。だから、それだけ、君やTKSMっていうのは極めて大きな存在の友人だったと思うんだ、今も。


俺がこのくだらん世界に生きていくとして、もし、できることが、社会貢献できることがあるとすれば、やはり心理臨床だと思っている。だから、そのために今は訓練勉強の日々だ。その日々にやりがいも感じている。


でも、ここで学んだ知識や技術は、君のために役立てることはできなかった。遅かった。申し訳ない。


オレは今健康的で体力があって、カウンセリング実習、病院実習、外部勉強会、修士論文のための研究って、臨床心理学だらけの生活だけど、なんだがんだでフットサル選手も続けてるんだ。勿論今もアマチュアだけど、競技レベルでね。


よくここまで、ハードスケジュールこなせるところまで、オレも成長したと思う。歯食いしばってきた甲斐はあったよ。幸せだ。ただ、そうは感じるけど、幸せだと思うことを後ろめたく思うことも・・・あるなぁ。


でもね…どんなにフットボールが楽しくて10年前より上手くなってても、臨床心理学を学んでいても、それを活かした関わりも、オレたちのホーム・平和公園のテニスコートや向河原のNEC前の広場で、深夜ボールを蹴って、駄弁って、バカ笑いして…ってのはやっぱり、もう、二度と、出来ないんだな。


オレは、UDAは2010年元日に救われたんだろうと思ってる。だから、変な話、「これで良かったんだ」とも思わなくもないんだ。でも、二度と叶わないことがあるのは純粋に、あまりに悲しいことで、叶わないことについて何度も考えては、涙が溢れてくるよ。



オレは、これからどうなっていくんだろう。あまりに多くの可能性があるから、まるでわからないや。笑


でも・・・あの世でUDAにまた逢えるのだけは、すげぇ楽しみにしてるよ。ずっと先かも知れないけどね。


またさ、フリスタとかフットサルとか、メシとか呑みとか、行こう。等々力で、オレ達が共に生きた街を誇ろう。夜中まで、語り明かそう。



オレの誇り、オレの生きる上での理念を形成するのに大きく影響を与えてくれた人、UDA。


君は俺の中で、死して尚、生き続けている。